『エバンジェリスト』 ー伝えることー

『エバンジェリスト』 ー伝えることー

2020.7.10

 近年、エバンジェリストという職種があるのをご存じでしょうか。エバンジェリストとはIT業界の新しい職種で、もともとはキリスト教における伝道者のことでITの技術的話題を社内外に広く解りやすく布教するという意味に置き換えられて認識されています。ITのあまりの急速な進化による技術的な話題や進歩の過程を交渉相手や関係者に分かりやすく説明し、理解してもらうことをミッションとしているようです、、、。考えさせられますね。

 これは、建築含めどの業界にも必要とされることではないでしょうか。確かにIT業界のスピード感は凄まじいものを感じますが、現代はあらゆることの時間の流れがとても速く、当事者自身が付いて行くこと自体がやっとであれば、相手の理解を深めたり、しっかりと伝えることは中々困難なように思えます。

 私自身も思い当たる節があり、痛烈に感じていることがあります。それは、今現在当たり前にあるものってほとんど説明いらずで、snsやインターネットの情報で相手が当事者より詳しいなんて事もあります。でもこれ面白いのが、今現在当たり前のものがなくなった時またはほとんど見かけなくなった時に説明する難しさなのです。

 例えば、ブラウン管テレビなんて分厚さ然り、ガチャガチャ回すチャンネル切り替えとか、夏の蚊取り線香と野球中継との相性など、知っている人は容易く想像できますが、知らない今の世代の人に説明するのは案外難しく想像すらできないのです。そんなわかりやすい物でなくてもそうで、昭和の喫茶店なんかも想像できる(知っている人)人はいいですが、レトロな雰囲気で店員さんは制服着ていて、入口のドアを開けると「カランカラン」て鳴って、ピンクの電話機があって、、、なんて説明してもわからないし、インターネットで調べてもあの空気感や雰囲気までは伝えられないのです。

 ここまでは昔のものを現代に伝える場合でしたが、今度は現代のものがなくなった、またはほとんど見かけなくなった時はどうでしょうか。

 では、カフェで考えてみましょう。お洒落な雰囲気で、拘りのコーヒーが選べて、音楽が鳴り、ガラス張りの大きな入口は天気が良いとオープンになって、、、。早くも伝わらないでしょうね(汗)。いや、こう書いていても伝えられないのがわかります。確かに、携わる当事者であればもう少し想像できるように伝えることはできるかもしれません。何が言いたいかというと、自分に置き換えたときに建築や家具、強いては左官をどう伝えたら良いのかということです。

 鏝(こて)を使って、、、鏝すら知らない。漆喰をね、、、漆喰ってなんですか?

昔は右官と左官ってあって、、、右官?左官?、、、ほらね。難しいのですよ知らない人に伝えるの。実際の現場や写真を見てもらったり、ゆっくりと説明するために貴重な時間を分けてもらったりすれば少しは伝えられるかもしれません。施工させて頂いた店舗とかであれば見に行くことは可能でも、個人宅となるとなかなか難しく、色々なハードルはあります。

 私の書くエッセイも伝える一つの手段ではあります。ただ実際のプロダクト家具や施工プロジェクトを伝えることはできないので、思想や哲学に輪郭を持たせる側面が大きいように思います。ではそれらを伝える、空気感を感じてもらうにはどうしたら良いのでしょうか。 

 私は以前、こんな経験があります。1960年から1970年代のアメリカやイギリスのロックが好きで、レコードや紙ジャケのCDを漁っては聞いていました。デッド、ジャクソンブラウン、リトルフィート、ディラン、CSN、ピンクフロイド。曲はもちろん、飾っているだけでカッコいいジャケットのアートワークに酔いしれる日々。当時を生で知っている先輩たちの話にも夢中となり、ロックバーには足繁く通いました。

 そんな先輩たちは、自分の好きなことを仕事にし、『カッコつける』を徹底していました。鎌倉ロコマート&ガーデンの久登さんや、Tiki、ボーンカーヴァーの神谷ハンセンさんにはかなり大きな影響を受けました。

 サーフィンをし、潮焼けしたロン毛、ボロいワーゲンやピックアップトラックに乗り込む足元はレッドウィングにリーバイス。オーディオからはクラシックロックが流れ、アメリカのファクトリーを思わせる工房。どんなに真似しても『当時』を知らない私には出せないオーラや雰囲気がありました。当時の私は23歳と若く、勢いに任せて1967年式のフォルクスワーゲンのバスを購入しました。

空冷4気筒で「バタバタ」と鳴るエンジン音、ガソリンと独特の車内の香り、マニュアルの重ステに効きの悪い後付けエアコン。2000年代にはまぁ見かけない車です。この車に乗る理由はもちろん当時を知り、深く理解して「あの頃」の空気を感じること。「ガチャン、ギ~バタン、キュルルルルブロロンバタバタバタバタ」車に乗り込みイグニッションを回してエンジンをかけるとこんな感じ。これすらも古い表現になってしまったが、『CD』をオーディオに入れ発進する。生ぬるい風が三角窓から心地よくなびく、バタバタエンジン音に混ざりニールヤングが聞こえる。

 エアコンギンギンの現行車で聞くのと全然違うのですよ。全てと調和するニールヤングのギターと声、空はカリフォルニアを思わせるブルーに変わり、ガソリン臭と潮の香り、リズムを取る踵と鉄板の相槌、気が付けばそこは1970年代カリフォルニア。ここまでしてようやく少しだけ当時の感覚を知ることができました。

 伝える、空気感を知ってもらうには現実的でない経験談です。ただ、伝える側の人間はここまでしなくては伝えられないのです。ここまでしても完全には伝えきれないのですから。そのもの全てはもちろん、時代背景、取り巻く環境、技術的な要素や将来までをも知って伝える、それがエバンジェリストと言えるのではないでしょうか。

 現代はとてもせっかちで、表面的な部分で判断することも多い事と見受けられますが、時にはじっくり時間をかけて深堀りすることも必要です。そこでの気づきや新たな発見もありますが、なにより深みがでるのだと思います。

私が目黒区祐天寺に構える店舗も「伝えること」のひとつの形です。一階のギャラリーでは、あらゆるカテゴリーの職人(アルチザン)がクリエイトした作品を取り扱っています。家具やアート作品はもちろん、そこにある全ての物にストーリーがあり、職人のストーリーと共に存在します。例えば、床として存在するフローリングですら屋久島の地杉で日本の林業活性化、世界遺産保全に微力ながら貢献しています。更に、徳島の沈殿藍でフローリングを染め農業活性化への貢献や、日本文化の魅力を伝える発信をしています。セドロール含有量が高い屋久島地杉は、気分を落ち着かせリラックス効果を得られるうえ、精油成分によってダニの繁殖抑制効果もあるため機能性も十分です。自然美の青を表現する藍色は意匠性を高めるだけでなく、木自体の耐久性も高めてくれます。

 この材料たちは、山や畑で長い時間をかけ育ち、何人もの職人の手によって加工され、運ばれてきます。育ちの違う材料たちを別の職人が藍染し、加工し床として張っていく。そこから多くの人がその上を歩き、ゆっくりと経年変化をして完成していきます。多くの時間、多くの職人によって実現する奇跡のような美しいストーリーです。

 この空間では会話をしながらゆっくりと「伝える」ため、独自の天然フレグランスで空間と意識に香りづけをし、人がお腹の中で聞いていた究極のオーガニック音で無意識にリラックスできる工夫をしています。現代の人々が空間で必要なのは、実用的な家具や意匠に富んだ内装だけでなく、香りや音を含んだ五感を満足させるものであり、更には思想や哲学を持ち、使っているだけで何かに大きく貢献できているという満足感や感動だと考えるからです。

 二階のビスポークアトリエでは、オクヤスバカズマによる洋服や小物などをオーダー受付。前述の通り、二階の空間も五感を満足させリラックスしながらオーダー注文ができます。

一階からの繋がりを持っていますが、このアトリエではより職人にフォーカスを当て「職人のための職人の服」を自身も職人として活動するオクヤスバがヒアリングを行い、その職人に本当に必要なものを提案します。これは安易に必要であろう形やパーツの事だけでなく、職人の考え方、見せ方、実用性まで考える事を意味します。

 日々のモチベーションに大きく影響し、職人の価値を高めるお手伝いをします。将来的には長年愛用してもらった職人の服を、アトリエでストーリーと共に展示し、ユーズドとして次の職人への継承までできるように考えています。

 三階は藍左師 モリヤレイタが、塗装や左官といった素材の色味やテクスチャーをお客様と一緒に考え制作する「Goofy Labo」を展開。多くは語りませんが、このLaboでは実用的で機能性があり、意匠に富んだ内装や家具はもちろん、アーティストとのコラボ制作などを具現化いたします。

 表現の仕方や伝え方は色々あります、そしてコロナという事もあり様々な意見もあるとは思います。今、私たちが考える伝え方の一つとして、多くの人に幸せを提供していけたら嬉しいです。

 

どんな時代でもやる奴はやるのです。

            

Reita MORIYA